「椿姫」の1幕最後の合唱を初めて正しく理解した。
(ケゾえもん 2023.10.3 記)
私は大学を卒業して間もなく銀座のクラブに一度だけ行ったことがある。ひょんなことからある人に連れて行ってもらったのだ。結論を言えば悪魔的に楽しかった。本当にあんなに楽しい経験はそうそうない。私も若かったからお金がなくて、この遊びに嵌ることがなかったのは幸いと言うべきだったろう。
なにがそんなに楽しかったと分析すると
1.接客が完璧である。
2.空間が心地よい。
3.ホステスがきれいだ。
4.ホステスが作る水割りが完璧だ。(酒がうまい)
5.ホステスがどんな話でもついてきてくれる。
特に私にとって大切だったのは、5で、ほら私の場合はDNAの話、進化の話、宇宙の話、オーディオの話、クラシックの話と話題が多岐にわたり、そして少し特殊じゃないですか。ホステスさんたちは、それに心地よくぴったりついて来てくれて、もっと大切なのは、それを完璧に理解して適切な質問をしてくれる。本当に数時間ぺらぺらぺらぺら話まくった。あー楽しかったー。
その経験があるから椿姫1幕のヴィオレッタの夜会の場面にはいつも興味があるのだ。貴族たちが夜ごと集まる楽しい夜会とはどんなものか?ヴィオレッタは高級娼婦という称号で良く呼ばれるがこの夜会のシステムはどうなっているのか?
私はこれまで10種類以上の演出の椿姫を見てきた。ところがなぜか絵空事のように思えて楽しい宴会の様に見えないのだ。自分がそこにいたいと思える「ヴィオレッタの夜会」に出会ったことがなかったのだ。
私は、NHKのBSやwowowでオペラが放送されると取り合えず録画することにしていて、それが優に200や300はある。もちろん全部は見ていない。その中にクライドボーン音楽祭2014年の椿姫があることに気が付きそれを見てみた。ところがこれがすごく良い。
ロシアのボリショイ劇場のスターソプラノという紹介があったヴィオレッタ役のヴェネラ・ギマディエヴァがすばらしいというのもあるけど(本当にすばらしい)この公演なにかと良い。
ヴェルディは椿姫を1853年に作曲しており、その風俗もだいたいその時代のものの筈で、演出もだいたいはその時代になっている。このクライドボーンの演出はもっと近代寄りの時代に置き換えてあるけれど、ペチコートとケージって言うの?あの昔の貴族のパーティー衣装を着ていないというだけで、別に違和感はない。そしてヴィオレッタの着ているドレスも実に趣味が良くてすばらしい。(しかしあのメトの赤いドレスはひどかった。)
ちなみに私がみたイレアナ・コトルバスが出演した椿姫でコトルバスが転倒シーンで勢いつけすぎてスカートがまくれあがったときも伝統的衣装のおかげで見えたのはパンツではなくてペチコートだったのでよかった。
さて、このクライドボーンの椿姫であるがヴィオレッタの夜会ではあの銀座のクラブの雰囲気がただよってくるのだ!なぜだなぜだと考えて答えがわかった!私には大発見だった。
このクライドボーンのヴィオレッタの夜会には給仕とメイドがたくさんいるのだ!
そしてあわてて私が調べたほかの10以上の演出の椿姫では給仕の姿はない。ひとりくらい飾りで突っ立っている場合はあるが、ほとんどすべてで給仕とメイドはひとりもいない。考えてみて欲しい。どんなに立派なパーティーでどんなに着飾っていたとしても給仕がいなければそれはホームパーティーだ。
悲しい悲劇を予想させる前奏曲が終わると、舞台は一転はなやかな夜会の場面になる。
<コーラスA>
ずいぶんと遅かったな、遅刻だぞ
<コーラスB>
フローラのところで遊んでいたら、
つい時間を忘れてしまいました
<ヴィオレッタ>
(迎えに出る)
フローラも友人の皆様も、残りの夜、もう少しの間、
ここでさらなる喜びを輝かしましょう。
お酒の杯の間で、宴はさらにすばらしいものになりますわ。
これは明らかにママのヴィオレッタが招待客をお出迎えする場面だ。みんなフローラの夜会で遊んできたらしく、フローラ共々にヴィオレッタのところに一杯機嫌でご到着したところだ。これをお出迎えするのがヴィオレッタひとりではまるでホームパーティーではないか?
クライドボーンの演出ではかいがしく到着した客からコートやマフラーを受け取るメイドがたくさんいて、給仕が適切に客を誘導する。これですよ、これ! 私が銀座のクラブの何が良いか書いた項目のその1、接客が完璧である。これでないと楽しい夜会気分が出てこないではありませんか。
このヴィオレッタの夜会は以下のストーリーで進む。
1.ヴィオレッタが客を出迎える。
2.ヴィオレッタが乾杯の音頭を取る。
3.アルフレードが気に入りヴィオレッタは話込む。
4.客はそれぞれ完璧な接客の下、パーティーを楽しむ。
5.朝になったのでパーティーはお開きとなる。
6.客が帰ったパーティー会場で一人ヴィオレッタは独白をする。
この5.の時に客一同は大合唱をする。いままで椿姫を見てきて、ここの歌詞に注意をはらったことがなかった。別に意味なんてどうでもよかったから。ここの歌詞をグーグル翻訳すると以下になる。
Si ridesta in ciel l’aurora,
E n’è forza di partir;
Merce’ a voi, gentil signora,
Di sì splendido gioir.
La città di feste è piena,
Volge il tempo dei piacer;
Nel riposo ancor la lena
Si ritempri per goder!
夜明けが昇り、
そして結局力が無い。
親切なお嬢さんのおかげで、
とても素晴らしい方法でうれしく思います。
パーティーの街は賑わっていて、
楽しみの時間が来ています。
休んでもまだ体力はある
リフレッシュして楽しんでください!
ちゃんと意訳させてもらうと以下の様になるだろう。
空が白み始めたので
我々はもう帰ります。
ママのおかげでとても
楽しい時間を過ごせました。
本当に楽しいパーティーというものは
良いものです。
今日はもう寝て、リフレッシュしてまた来ます!
私はいままでなんとなく、この合唱の場面では、パーティーは楽しいなと楽しさを主眼に歌っているだけと思い込んでいたのだが、ここはつまり客たちのおいとま宣言なのだ。ありがとう!楽しかったです!また来ますね。と歌っているのだ。あまりに迫力の合唱なのでなんとなく人生の深い意味でも歌っているのだと勝手に勘違いしていた。
このクライドボーンの演出では、給仕やメイドに正しく世話をされてクロークからマフラーやコートを受け取った帰る気満々の客たちが勢ぞろいしてヴィオレッタにあいさつしている。その瞬間、私はここで歌われているテキストの意味を初めて理解した。この大合唱は「ママ、すばらしいパーティーをありがとう」と歌っていたのだ。
ケゾえもん
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