気がつけば30年、日本人夫婦が外国で定年を迎えたとき

 

外国に住んでいる日本人の事情はいろいろだが、子供のアイデンティティの問題や日本にいる自分の親のこと、自分自身の老後のことなど、日本にいれば、殊更考えなくてもすむようなことについて考える必要があったり、大きな選択を迫られたりするのは共通している。

外国で定年を迎えたある日本人夫婦について紹介したい。

1987年の夏

一家3人で、日本からスウェーデンに移り住んで来たのは、登(のぼる、仮名)38歳、優子(仮名)36歳、子供は、小学校に上がる前の夏だった。

わけあって登が日本の会社を離職した後、たまたまオファーのあったのは、それまでなんの縁もゆかりもなかったスウェーデンの会社だった。

故郷の母には泣いて反対されたが、登には一家を養っていくために他の選択肢がなかった。

そして今

登68歳、優子66歳、二人とも65歳まで働いて、優子も年金生活2年目に入る。スウェーデン人と結婚した子供のところには、最近、孫もできた。

これから:定年後もスウェーデンを拠点に

定年前、夫妻は周囲に、定年後は日本に帰るのかとよく聞かれていた。その質問に、はっきり答えられないまま定年を迎えた二人は、現在、スウェーデンを拠点にして日本には数週間づつ年に何度か帰るという生活をしている。

スウェーデンに子供や孫がいるから、というのも、スウェーデンを拠点にしている大きな理由だが、日本からスウェーデンの「自分の家」に帰ってくると落ち着くそうだ。

墓はどうするか

父が墓地を売った話を書いたところなので、聞いてみた。

自分たちの墓についてのこだわりはないが、長男である登の、今ある先祖の墓は大切に守っていきたいというのが二人の共通した思いだ。

登は、「生を明らめ、死を明らむるは仏家一大事の因縁であるが、自分の墓をどうしようかと思ひ悩むことは仏家の一大事ではないと思う。故にあまり深く考えない」。

優子は、スウェーデンの集合墓地にも心惹かれる。「分骨できるなら、両方に分けてもらうのがいいわね。でも、自分たちが死んだ後のことはどうでもいいの。自分たちが生きている間に、ご先祖様を大切にできればそれでいいわ。」

「夕陽の思ひ出」

以下は、2016年8月31日付けの登のブログより「夕陽の思ひ出」。

自分の誕生日とか、親の命日とか、失恋記念日とか、自分にとって大事な思ひ出の日は誰にもあると思ふ。

毎年、その日が巡って来ると、昔を思ひ出したりする。

今日は僕にとっては日本の会社を辞めた退職記念日である。

約14年間勤めた会社を退職したのは1987年8月31日のことであった。その会社に入社した時は、まさか自分が中途で会社を辞めて他へ転職するだろうなどとは夢にも思はなかった。

しかしこの時、心の中にどうしても辞めないわけにはいかない拘りがあった。

前途はどうなるか全く分からなかったし、心中不安であった。

会社を辞める何日か前に、しばらく日本には帰って来れないかもしれないと思って、夜中に家族を乗せてドライブに出て、犬吠埼まで日本の日の出を見に行った思ひ出もある。

会社を辞めて最後の門をくぐり出た8月31日の夕方、新青梅街道の歩道橋の上に立った時、美しい夕映えを見た。それは本当にこれまでに見たこともなかったほど、素晴らしい感動的な夕映えであった。僕は呆然となってしばらく立ちすくんだ。そして、その時、何か大きく励まされるのを感じた。それは僕にとって忘れられない夕陽の思ひ出である。ほとんど着のみ着のままで、単身日本を離れたのはそれから3日後のことであった。

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