【ケゾえもんオペラ寄稿】現代風にアレンジされたオペラに寛容な私が許せなかったローエングリン

「Tシャツジーンズのローエングリン」

(2023/8/24 ケゾえもん記)

長い前振り

私はオペラファンだからDVDや録画やはたまたレーザーディスクでいろいろなオペラのタイトルを大量に持っている。これほど、たまっているとたぶん一生見ることのないものも多いのだけど、これが見たいと思ったとき見れないと困るので、迷いなく各タイトルを集め続けている。

レーザーディスクなどDVDの時代になって投げ売りされたときに買い漁って200枚ほど持っている。もう再発売されない1970年から2000年ごろ活躍していた大歌手たちの公演が見れる。フレーニー、ドボルスキー、ヌッチ、カプッチルリ、アライサ、レーミー、ダーラ、グルヴェローヴァ、シュライヤー、ホフマン、コロ、ブルゾン、ポップ、ディスカウ、プライ、ヴァルツァ、コトルバス、シュバルツコップなどなど(思いつきだけで書いているのでその他大勢いる)いつの間にか引退してしまった歌手たちだ。

持論だが残念ながらクラシックは衰退しつつある文化だ。列挙した人たちの代わりは現れているか?2000年ごろまではこういう人たちがとっかえひっかえ来日してくれた。私があまり劇場に行かなくなって久しい。

なにか世の中は考え違いをしていて、もうDVDの時代ではないと思っているらしいがDVDもレーザーも16ビット48キロヘルツのデジタル音声で入っているので、たとえ画面がハイビジョンでなくても鑑賞に不都合はない。そろそろDVDの中古が安く手に入るようになってきていて集めるチャンスだ。

たくさん持っていると同じオペラでいろいろなバージョンを見て比較できるのはおもしろいし勉強になる。

ここから本題

それで2009年のミュンヘンでの公演のDVDで、手に入れてからずっと見てなかったワーグナーのローエングリンをこないだ見た。これは中世の騎士の姿の筈のタイトルロールのローエングリンがTシャツとジーンズで出て来ると話題になった演出の公演。

こういうの嫌いな人もいるけど、良く出来ていれば私は気にしない。以前、現代のオフィスラブに置き換え、エロ社長が暗躍するフィガロの結婚を見たことがあるけど、とても楽しんだ。

でもこのローエングリンは私は嫌いだ。

先ず、ローエングリンのあらすじ。

ドイツ国王ハインリッヒはブラバント公国に来ていた。ブラバント公国ではお家騒動が発生していて、国王が死去。跡取りのゴットフリートが行方不明。姉のエルザがその跡取り(弟)を殺したとの疑いがかけられており、家老のテルラムント伯爵はエルザを死刑にしてブラバントを乗っ取る陰謀を企んでいる。

森にエルザがゴットフリートと入ったとき、実はテルラムント伯爵の妻オルトルートが魔女でゴットフリートを白鳥に変えて行方不明にさせたのだ。

それでドイツ国王ハインリッヒは裁かなければならなくなったので当時の慣習に従って、テルラムントとエルザの決闘によって決着をつけよと命じる。もちろんエルザが直接戦うのではなく、助っ人が認められるが、だれも王亡き今、実力者テルラムントに逆らって助っ人になるものは出てこなかった。

そのエルザを助けに正義の騎士ローエングリンが現れるというお話。

エルザが絶望したその時に、ローエングリンが登場する。その登場の時の歌詞が以下だ。

<一同合唱で>
見ろ!見ろ!なんと言う奇跡だ!白鳥だ!白鳥が小舟を引いている。
その中に騎士が屹立している!
彼の武具はなんと輝いていることか!
目もくらむ輝きの中で彼は近づいて来たぞ!

それでじゃーんと音楽が高鳴り、輝く武具を身につけた中世の騎士ローエングリンが登場というのが普通なのだけど、この演出だと、Tシャツジーンズのローエングリンが登場するんだから、もうひっくり返るよね。私はあまり特殊な演出にアレルギーを持つ方じゃないから、まあそれでもうまく行くならそれでいいんだけど、これがうまく行かない。

ローエングリンが最初にドイツ国王ハインリッヒに挨拶する歌詞を掲載する。

<ローエングリン>
(王に向かって頭を下げる)
ハインリヒ王よ!あなたの剣に
神のご加護がありますように!
あなたの名が栄光と名誉に包まれて、
この地上に永遠に残りますように!

<ハインリヒ王>
ご挨拶に感謝します!あなたをこの国に
連れて来た力を私は尋ねてもよいだろうか?
神から遣わされた方のようにお見受けするが?

<ローエングリン>
重き罪に訴えられた少女の味方として
戦うために、ここに遣わされたのです。

つまりきらめく武具に包まれたやんごとなき騎士と国王の対話なのであって、いきなり現れたTシャツジーンズの若者と国王の対話としてはまるでおかしい。敢えてこういう演出にするなら、成り立つ訳を演出で説明しろよと言いたい。

ローエングリンは登場直後、自分を引いてきてくれた白鳥にお礼を言う甘い歌を歌い、白鳥は去って行くってことになるんだけど、この演出だと白鳥のはく製みたいのを抱えてローエングリンは歌うんだ。しかもそのはく製からだらんと二本の足が垂れ下がっている。白鳥って足が見えないから美しいんだぜ。

それで決闘の場面になるんだけど、ワーグナーはチャンバラの音楽を30秒ほど流して決着がついてローエングリンの勝利となるんだけど、もうこのチャンバラの殺陣がひどい。ローエングリンが天を向いて体を変にぐにゃぐにゃとさせて、挙句にくるくる回るんだぜ。もうさ、こういうことさせるなよと思ってしまう。

それでテルラムントが切りかかろうとするとテルラムントの剣が燃え出してあっちちとテルラムントは剣を落とす。ローエングリンは勝利を宣言し自分の剣を放り投げる。その放り投げた剣を卑怯なテルラムントはひろって向かってくるがローエングリンは軽々剣を奪いテルラムントの首に剣を当てて戦いは完全終了。テルラムントは降伏する。

この1幕には軍令士という印象的な役があって一同に向かって適宜演説をするんだけどこの戦いのルールを歌う場面がある。歌詞を掲載する。

<軍令使>
(決闘場の中央で)
我が命ずることを良く聞くのだ。
何者も戦いを妨げてはならぬ!
垣根の中に入ってはならぬ。
平時の法を守らぬ者は、
自由民なら手を切断される。
平民なら首を切られる。

<全ての男達>
自由民なら手を切断される。
平民なら首を切られる。

<軍令使>
(ローエングリンとテルラムントに向かって)
聴くがよい!裁きに臨む戦士達よ!
決闘の定めを守るのだ!
魔法と欺瞞を使って、神の定める勝敗を左右させてはならぬ。
神は法と正義に則り裁いてくださる。
自らの力に驕ることなく、神を信じなくてはならぬ。

以上の様に、魔法(Zaubers List und Trug)を使ってはならぬとちゃんと言ってるじゃないの。ところがこの演出では相手の剣を念力で燃やして、これ魔法でないと言うのか?ローエングリン完全にルール違反してるじゃないの!

この1幕でエルザは一生懸命に側近たちと家を作っているというわけのわからない演出なのだけど、その家はレンガの家でそのレンガはたぶんちゃっちい発泡スチロールかなんか。これを重そうに扱う演技がへただなと思ってみていると、そのレンガの山をテルラムントがはでにけっとばして歩く。もう軽いのがみえみえになるしそれよりなりより発泡スチロールが擦れるキュキュッとした音が聞こえて耐えられない。

このキュキュのショックが大きくてものすご後味の悪いローエングリンとなった。
歌手たちはすばらしい。

ところでこの1幕の最後でエルザと結婚することになったローエングリンがエルザたちと一緒にレンガ積みをせっせと始めるのだけど。養子にきたお婿さんがさっそく働かされてるようで笑いを禁じ得なかった。

話はガラリと変わって

話は変わるけど、ミッションインポッシブル、デッドレコニングを見てきた。
ものすごおもしろい。もうこれは歌舞伎だね。様式美と伝統美に従って完全に正しく映画は進む。トムの全力疾走は家元の十八番の感がある。前編後編の形になって後編は来夏に公開だ。それが最後のミッションインポッシブルとなる。デッドレコニング、どの場面も本当に美しい。こういうの見ると実にトムを含めた製作者はミッションインポッシブルの作り方がわかっているなと思う。テンポの良さがエクスタティックだ。

予告編ではバイクでパラシュートの場面が発表されて、くだらないと思い、絶賛撮影中の映像でドアの取れた車をトムが運転していて、いまさらドアが取れるカースタント見せられてもねと軽蔑していたんだけど、ねたばれになるから話さないけどくだらないつまらないことはまったくなくて、まあ本当におもしろい。最後のミッションインポッシブルはぜひ劇場に見においでよ。

ケゾえもん



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