【クラシック寄稿】ピアノ教師のお母様がポリーニの演奏に感激しなかった理由を35年経って知る(ケゾえもん)

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ポリーニの訃報で蘇るバブル期の記憶

マウリツィオ・ポリーニが3月23日に82歳で亡くなった。ポリーニへの追悼文はあちこちに出てるから、私は自分自身のポリーニ体験について語りたい。

最初にポリーニを聴いたのはおそらく35年ほど前。年に50回くらいコンサートに行っていたころ、このころはバブル期でどんどん有名演奏家が来日公演してくれていた時代。この時代にクラウディオ・アラウ、スヴャストラフ・リヒテル、アルトゥーロ・ミケランジェリなどの巨匠たちの生演奏を体験できた。

特に記憶に残ったのはアラウで、あの東京文化会館に鳴り響いた聞いたこともない様な音色にどんな魔法だとびっくりさせられた。アラウはホールをピアノといっしょに鳴動させる特殊技術を持っている。当日、ピアノ教師をされている友人のお母さまともいっしょで、コンサートの後、食事をして「よかったねー」という話で盛り上がった。

35年前のポリーニ来日コンサート

そのあと、たぶんKAJIMOTOの招聘だと思うけど、ポリーニが来日するというニュースが入ったので友人たちの希望を聞いて私がチケットを取った。当時はインターネットなどこの世になく、すべて電話予約だったからがんばって電話して全員分のチケットを確保した。友人のお母さまは「ポリーニが聴けるなんて!」と大感激していた。

ちょっと演奏会の詳細はおぼえていない。曲目もおぼえていない。会場も東京文化会館、厚生年金会館、NHKホールではないことはおぼえている。サントリーホールはたぶんまだなかった。それで会場もどこだったか覚えていない。

前半で大感激して、休憩時間に離れた席のピアノ教師のお母さまのところに行って、「すばらしかったですね」と言ってもアラウの時と違って反応が悪い。演奏会の後にみんなで食事に行ったが、その時も割りと沈んでいたような気がする。観察すると「ポリーニすばらしい」という話にはいっさい乗ってこなかった。私はそのとき「ははーん、お母さまは昔のポリーニを知っていて、それと比べてがっかりしているんだな」と想像した。だけど「現在あれだけすばらしいんだからがっかりするのはないよな、度量が低い」と密かに思った。

20年前にポリーニが来たときは楽屋にも入った

ポリーニと言えば、思いだすのが、いま調べると2002年11月6日のサントリーホール。
「ポリーニプロジェクト」という名前のコンサートが行われた。

その時ポリーニと共演したのが、アンサンブルウィーンベルリン、ウィーンフィルとベルリンフィルの首席奏者の集まりというのが売りの楽団。わたしが知り合いになっていたウィーンフィルの首席フルーティストのウォルフガング・シュルツさんもメンバーだった。私は友人夫婦とこのコンサートで一緒で、この夫婦はわたしよりずっとシュルツさんと懇意にしていた。奥さんの方はウィーン行ったときにシュルツさんの別荘にまで泊まっている。

この友人夫婦が何かの用事で休憩時間にシュルツさんに会いに行くというので、私もついていった。サントリーホール1階左手廊下の奥が楽屋への入り口になっていて、そこにシュルツさんが出てきて、「中に入れよ」と言ってくれた。いいのかなと入ったら広い部屋があって、反対側には難しい顔をしたポリーニがいた。私はただただ怖かったが、シュルツさんはへっちゃらな顔をしてペチャクチャしゃべっていた。私はポリーニの機嫌をそこねたら大変だと、早くここから脱出したいと心から思った。

たぶん1960年ごろのポリーニの演奏

ところでユーチューブは私の好みを察知して、時々興味深い画像をお勧めしてくれる。昨晩その中にポリーニ演奏のベートーベンコンチェルト5番があることに気が付きそれを再生してみた。これか!と何十年ぶりに納得した。お母さまがあの晩にポリーニに求めていたのはこの鋼鉄の演奏だったのだ。すばらしいの一言だね。いつの映像だろう?ポリーニはすごく若い。おそらく1960年ごろ、というとポリーニがハイティーンだった頃だろう。

指揮者も若すぎて最初わからなかったけど、良く見るとアバドだった。このころポリーニはこの鋼鉄の演奏ができたんだろうね。お母さまは、どこかでこの鋼鉄の演奏を聴いた経験があったのじゃなかろうか?これを求めて演奏会に行ってこれを聞けなかったなら、そりゃがっかりする。

あの晩は他の人もいるし「今日の演奏会は気にいらなかったのですか?」という話題を出すわけにいかなかったから真相はわからない。鋼鉄の演奏というのがどういう演奏か説明すると長くなる。興味あるならユーチューブで。

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