
以下、ケゾえもん寄稿。
玉川がぬかした。「経済なんか後でなんとでもなる。経済は(コロナがいなくなれば)戻ってくるものです。しかし人が死んだら戻らないでしょう。もうここまで来たら国は緊急事態宣言するべきです。」がどうしても許せないのだ。
話が入り組むのでコロナの影響についての話は脇に置いておこう。ここで緊急事態宣言がなにを意味するかもう一度考えて欲しい。
<楽しい遊びを我慢しなければならない。>
<ちょっと収入が減るのを我慢しなければならない。>
玉川の想像力はそこまでで終わっている。そう、想像力がないんだ。
心血を注いできた事業がだめになる苦しみが玉川に想像できるか?
家庭内暴力に苦しむ人々にとって外出制限がいかに恐怖か?
収入がなくなって明日の生活が知れないことがいかに恐ろしいか?
玉川は想像できていない。
繰り返すがここではコロナについてどちらが正しいか議論するつもりはない。
私が言いたいのは、玉川の様に緊急事態宣言が何ヶ月続いても、テレビ朝日から着実に給料もらって安全圏内にいる人間がそんなに簡単に<経済なんか後で
なんとでもなる>なんて言うべきでないと言うことだ。
そりゃ経済は後では回復するだろう。しかしその後には累々たる屍が横たわるのだ。屍とは比喩表現だけではない。
精神状態の屍、そして自殺者という本当の屍。
2020年8月2日、ケゾえもん記

