スウェーデン、ストックホルム

2017年ノーベル文学賞受賞の日系イギリス人、カズオ・イシグロと日本

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日系イギリス人のカズオ・イシグロ(Kazuo Ishiguro,62)が、今日(2017年10月5日)、ノーベル文学賞を受賞した。受賞後のインタビューでイシグロは、「日本語を話す日本人の両親のもとで、両親の目を通して世界を見つめていました。私の一部は日本人なのです。」と語っている。

昨年(2016年)、ボブ・ディランが受賞して、権威が失墜したとも言われる賞だし、スウェーデン国内では、昨今のノーベル賞財団自体に批判の声も高いが、ちょうど1ヶ月前に、初めて名前を知って、興味を持っていた作家なので調べてみた。

どこかで見たことあるような・・・と思ったら、梅沢富美男に似ている!?

2017年ノーベル文学賞受賞ニュース


ノーベル賞財団が、Breaking Newsとして発信したTwitter。(スウェーデン2017年10月5日午後1時/日本時間10月5日午後8時付け)


写真:受賞ニュースを受け、ロンドンの自宅に詰めかける報道陣。
(Photograph: Ben Stansall/AFP/Getty Images)

日系イギリス人、カズオ・イシグロと日本

カズオ・イシグロ(石黒一雄)は、1954年長崎市生まれ。両親は日本人で、1960年5歳の時に、海洋学者の父親が、国立海洋学研究所(National Oceanography Centre)に招致され、北海で油田調査をすることになり、一家でサリー州・ギルドフォードに移住。
1978年にケント大学英文学科、1980年にイースト・アングリア大学大学院創作学科に進み、批評家で作家マルカム・ブラッドベリの指導を受け、小説を書き始めた。ミュージシャンを目指してデモテープを制作し、レコード会社に送ったりしたこともある。
1982年(27歳)、イギリスに帰化したため、国籍はイギリス。
(出典:ウィキペディア

ウィキペディアには、「両親とも日本人で、本人も成人するまで日本国籍であったが、幼年期に渡英しており、日本語はほとんど話すことができないとしている。しかし、2015年1月20日付けの英国紙のガーディアンのインタビューでは、英語が話されていない家で育ったことや、母親とは今でも日本語で会話すると述べている。」と書かれている。

幼い頃に外国に移り住んだとはいえ、両親ともに日本人の家庭で育ちながら、日本語を「ほとんど話すことができない」なんて、ありえないと思う。「ほとんど書くことができない」とすれば、それはわかるし、実際、日本語のイシグロ作品は、すべて翻訳されたものだ。

1989年に大江健三郎と対談したらしいが、通訳者がいたのだろうか。気になるのでググったが、今日の時点では、資料を探せなかった。

この記事を書いた翌日、早速、知り合いから情報が届いた。大江健三郎とは、通訳つきで対談したそうだ。「ほとんど話すことができない」というのは、ニュアンスとか定義の問題で、日常会話はできても、適切な敬語を使いながら、きちんとインタビューに答えられるほどではない、ということのようだ。

日本語能力はともかく、大江健三郎と対談したその時まで、カズオ・イシグロは30年も日本に足を踏み入れていないという。

5歳の時に渡英したカズオ・イシグロ氏が30年ぶりに日本を訪れたのは1989年。老執事を主人公とする長編「日の名残り」で英国で最も権威のある文学賞、ブッカー賞を受賞した年のことだ。長年戻らなかった理由について「子供の頃の記憶に残っている日本や、自分の想像の中で、はぐくんできた日本のイメージが、現実と出合って壊されてしまうのが恐ろしかったからではないか」と語っていた。
(出典:日経新聞

なかなか興味深い、そして共感はしがたい行動と心理だ。日本に関心がないならともかく、関心は高く、作品にもせっせと日本を書きまくっているカズオ・イシグロ。青春時代には、ギャップ・イヤーを取って、北米をぶらぶらしているにもかかわらず、日本には行っていないとは。

谷崎潤一郎など多少の影響を与えた日本人作家はいるものの、むしろ小津安二郎や成瀬巳喜男などの1950年代の日本映画により強く影響されているとイシグロは語っている。

日本を題材とする作品には、上記の日本映画に加えて、幼いころ過ごした長崎の情景から作り上げた独特の日本像が反映されていると報道されている。

1989年に国際交流基金の短期滞在プログラムで再来日し、大江健三郎と対談した際、最初の2作で描いた日本は想像の産物であったと語り、「私はこの他国、強い絆を感じていた非常に重要な他国の、強いイメージを頭の中に抱えながら育った。英国で私はいつも、この想像上の日本というものを頭の中で思い描いていた」と述べた。

2017年10月のノーベル文学賞の受賞後にインタビューで、「予期せぬニュースで驚いています。日本語を話す日本人の両親のもとで育ったので、両親の目を通して世界を見つめていました。私の一部は日本人なのです。私がこれまで書いてきたテーマがささやかでも、この不確かな時代に少しでも役に立てればいいなと思います」と答えた。
(出典:ウィキペディア)

カズオ・イシグロの作品

これまでに出版したのは、意外と少なくて8冊。「喪失感」がキーワードの作家ということになっているらしい。

私達は生きている間にいろいろなものを失っていく。時にはかけがえのない大切なものを、自分がそうとは知らぬ間になくしていき、後から振り返ってそれに気づくのだが、そのときはもう全てが終わっている。イシグロを読むとそんなメッセージが伝わってくる。(アマゾン・レビューより)

代表作品、「日の名残り」

カズオ・イシグロは、第3作目の「日の名残り」(1989年出版、原題:The Remains of the Day)で、英語圏最高の文学賞とされるブッカー賞を35歳の若さで受賞し、イギリスを代表する作家となった。

この作品は、英米合作で映画化もされている。

英国貴族邸の老執事が語り手となった作品で、アマゾンのレビューによると、土屋政雄の翻訳が見事らしく、「英国の古き良き品格を優雅な語り部と共に楽しめる」ということだ。

これほど丁寧語が徹底されて、イヤミ感が皆無な文章は初めて読んだ。
自分の恋愛感情も深く押し殺して、最後まで執事としての職務を全うする姿勢に感動した。
AmazonのCEOが心に残る一冊に上げていたので読んでみたけど、一流の人は一流の文学を読んでいるんだなぁ。
(アマゾンレビューより)

処女作「遠い山なみの光」

1982年、27歳の時の処女作「遠い山なみの光」(原題:A Pale View of Hills)は、英国に在住する長崎女性の回想を描いたもので、王立文学協会賞を受賞し、9か国語に翻訳されている。

もちろん日本語にも翻訳されているが、その翻訳が・・・という声も上がっている。原書の方が断然面白いらしいので、今回のノーベル賞受賞により、土屋政雄に改めて翻訳依頼が来るかもしれない。

読んでみたい第2作目「浮世の画家」

第2作目「浮世の画家」(原題:An Artist of the Floating World) もウィットブレッド賞とやらを受賞し、カズオ・イシグロは、若くして才能を開花させた。1986年の作品で、33歳のこの年、カズオ・イシグロは、イギリス人と結婚している。

「長崎を連想させる架空の町を舞台に、戦前の思想を持ち続けた日本人を描いた」作品で、「人生の終わり近くに至って、自分の生き方(の少なくとも一部)が間違っていた(ようだ)と気づかされた老人が過去を振り返る」(アマゾン・レビューより)と聞いて、「日の名残り」と合わせて、ぜひ読みたくなった。

発売と同時にベストセラーになった「わたしたちが孤児だったころ」

2000年出版の第5作「わたしたちが孤児だったころ」(原題:When We Were Orphans) は、イギリスで発売と同時にベストセラーとなっている。

邦題はちょっと、な「わたしを離さないで」

2005年出版の「わたしを離さないで」(原題:Never let me go)は、邦訳のタイトルはいまひとつなものの、これも2005年のブッカー賞の最終候補に選ばれたり、映画化・舞台化されて大きな話題を呼んでいる。


この人の本は有名どころは全て読みましたが、間違いなくこれが最高傑作です!!
心にいつまでも後遺症が残ります。
(アマゾンレビューより)

10年ぶりの長編「忘れられた巨人」はファンタジー

2015年に10年ぶりに出された長編「忘れられた巨人」(原題:The Buried Giant)は、ファンタジーの要素も含んでおり、もっぱら「今までのイシグロらしくない」作品と言われながらも、評価は決して悪くない。

短編小説「夕餉(A Family Supper)」

冒頭で、「一ヶ月前に、カズオ・イシグロを知った」という話にやっと入れるところで、力も時間も尽きたので、この話は、次回にしたいが、1ヶ月前に、”A Family Supper by Kazuo Ishiguro”を、こちら(スウェーデン)の英語のテキストブックの中で読んだ。掲載されていた箇所が、全文なのか、途中までなのかさえわからないが、とにかく、英語で表現されている、登場人物の日本人の描写がリアルで、日本人ってこうなんだ!と、愕然とする気持ちで、自分を振り返らされた。

日本語では、文学全集の中に入っているようで、じつぷり氏のブログで紹介されている。(フィンランドに住んでいたことがある人らしく、偶然の北欧つながりで親近感がわく。)

あとがき

ウィキペディアをちらちら見ながら、この記事をだらだら書いているうちに、ウィキべディアの「カズオ・イシグロ」のページに、あっという間にノーベル賞受賞関連の文章が次々と追加された。日本人が、時にはスウェーデン人以上にノーベル賞に関心が高いことは、スウェーデンで話題にもなったが、さすが!

参考

※アイキャッチ画像と記事内画像の出典:The Guardian

BBC Newsでは、イギリス人カズオ・イシグロが英語でペラペラ語っている動画が見れる。

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